あれは三年前、蝉の声がひときわ騒がしい八月の終わりのことでした。実家の物置を整理しようと裏手に回った瞬間、私は全身の血が凍りつくような羽音を耳にしました。見上げると、軒下にバレーボールほどもあるキイロスズメバチの巣が鎮座しており、数匹の働きバチが警戒するように周囲を旋回していたのです。これまでは小さなアシナガバチの巣しか見たことがなかった私にとって、その威圧感は想像を絶するものでした。慌ててホームセンターへ駆け込み、棚に並んだ殺虫剤の中で最も強力そうなバズーカ噴射を謳う製品を二本購入しました。店員さんからは、必ず夜間に作業すること、そして決して一人では行わないことをきつく言い渡され、私は日が落ちるのを震えながら待ちました。夜の八時、辺りが静まり返る中で、完全防備として厚手の合羽と長靴、ゴーグルを身にまとい、懐中電灯にはハチを刺激しないよう赤いセロハンを貼って現場へ向かいました。いざ巣の前に立つと、闇の中から響く低い唸り音が恐怖心を煽り、心臓の鼓動が耳元まで聞こえてくるようでした。意を決して、三メートルほど離れた位置からスプレーのレバーを全力で引き絞りました。その瞬間、缶からは凄まじい勢いで薬剤の白い霧が噴き出し、一直線に巣の出入り口を直撃しました。驚いたハチたちが次々と這い出してきましたが、その噴射力に圧倒され、飛ぶことも叶わずに次々と地面に落ちていくのが分かりました。一本を使い切り、予備の二本目も全量浴びせかけると、あんなに騒がしかった羽音は静まり返り、あたりには薬剤の独特な匂いだけが漂っていました。地面には、まだ脚を震わせている無数のハチが重なり合うように転がっており、その光景は戦場さながらの凄惨さを持っていました。翌朝、明るい光の中で改めて巣を確認すると、巣の表面は薬剤で濡れ、昨夜の戦いの激しさを物語っていました。死骸を火箸で丁寧に回収し、燃えるゴミとして処理する際にも、死後反射で針が動くことがあると聞いていたので、最後まで緊張を解くことはできませんでした。もし、これが普通のハエ用のスプレーだったら、飛距離も殺傷力も足りず、私は今頃病院のベッドの上だったかもしれません。この体験を通じて学んだのは、自然の脅威に対しては中途半端な装備で挑んではならないということ、そして正しい道具選びがいかに生死を分けるかという教訓です。殺虫剤一缶に数千円を支払うことは、決して高い出費ではありません。それは安全という名の保険であり、自らの無知や過信を補ってくれるプロの技術の結晶なのです。今でも夏の夕暮れにハチの羽音を聞くと、あの夜の手のひらに残った冷たいアルミ缶の感触と、レバーを引き抜いた時の強烈な反動を思い出します。
軒下の巨大スズメバチの巣を専用殺虫剤で駆除した夏の夜