ミントがゴキブリ除けとして機能するという言説は、成分としてのハッカ油や乾燥葉については正解ですが、生きた植物の栽培については大きな矛盾を抱えています。この矛盾の根源は、ゴキブリの生存戦略にあります。ゴキブリは非常に強力な生命力を持ちますが、乾燥には極めて弱く、一日に数滴の水分がなければ生きていけません。ミントを栽培する土壌は、彼らにとっての給水塔です。たとえミントの葉から発せられる成分を嫌ったとしても、喉の渇きを癒やすための背に腹は代えられない選択として、彼らはミントの鉢を選びます。また、ゴキブリには狭い場所に体が触れていると安心するという接触走性という習性があります。ミントの鉢の底、受け皿の隙間、そして密集した茎の付け根は、彼らにとっての最高のフィット感を提供する場所です。香りの成分は空気中に散布されますが、彼らが潜むのは空気が停滞する隙間の中であり、そこでは忌避成分の濃度はそれほど高くなりません。このように、ミントの栽培は「化学的な攻撃」と「物理的な抱擁」を同時に行っているような状態です。特に、日本の湿度の高い夏場において、ベランダや室内でミントを育てることは、室内を乾燥させようとする努力を植物自らが無効化していることになります。さらに、ミントを育てる喜びから、つい鉢を増やしてしまうことも危険です。鉢が増えれば増えるほど、影となる部分が増え、水やりの回数も増え、ゴキブリにとってはより複雑で安全な迷宮が完成してしまいます。もし本当にミントの力を害虫対策に活かしたいのであれば、栽培というリスクの高い方法ではなく、抽出された精油(ハッカ油)をアルコールで希釈してスプレーしたり、乾燥させた葉を不織布に入れて隙間に配置したりする方法が、衛生的にも効率的にも遥かに優れています。生きた植物には、香りの効果を打ち消して余りある「生命の副産物」が伴うことを忘れてはいけません。水、土、有機物、そして影。これらゴキブリの好物がセットになっているミント栽培を、単なる防虫手段として採用することは、火を消すためにガソリンを撒くような危険な賭けに近いものがあるのです。