暖かな日差しが降り注ぐ春先、庭先やベランダで一匹だけのアシナガバチがふらふらと飛んでいる姿を見かけることがあります。まだ本格的な夏ではない時期に、なぜ一匹だけで行動しているのか不思議に思う方も多いでしょうが、このハチの正体を知ることは、その後の夏から秋にかけての平穏な生活を守るために極めて重要です。この時期に活動している一匹のアシナガバチは、ほぼ間違いなく冬眠から目覚めたばかりの女王バチです。アシナガバチの社会では、前年の秋に誕生した新女王バチだけが越冬し、春になると一匹で新しい巣を作り始めます。つまり、この時期の女王バチは、巣の場所選びから材料集め、産卵、そして最初に孵化する働きバチの餌集めまで、すべてを自分一人の力で行わなければならない孤独な開拓者なのです。彼女たちが庭の軒下や木の枝、壁の隙間などを執拗に飛び回っているのは、これから大家族を築くための理想的なマイホームの建設予定地を探しているからです。この時期のアシナガバチは、巣を守るべき働きバチがまだ存在しないため、性格は驚くほど穏やかです。人間が近づいただけで攻撃してくることはほとんどなく、彼女たちの関心はあくまで巣作りに適した環境を見つけることに集中しています。しかし、穏やかだからといって放置しておくのは考えものです。一度場所を決め、小さな巣を作り始めてしまうと、数週間のうちに最初の働きバチが誕生し、そこから爆発的にハチの数が増えていきます。夏になる頃には数十匹から百匹近い集団となり、巣の周辺を通るだけで威嚇してくる危険な存在へと変貌してしまいます。そのため、春先に一匹だけのアシナガバチを頻繁に見かける場合は、そこが彼女たちにとって魅力的な営巣スポットであると認識されているサインです。対策としては、ハチが好む軒下や物置の隙間などに、あらかじめ市販の忌避スプレーを散布しておくことが非常に効果的です。また、木材の表面をかじって巣の材料にする習性があるため、古い木製のラティスやウッドデッキがある場合は、防腐剤を塗ったり塗装をし直したりすることも、巣作りを諦めさせる一助となります。もし既に小さな釣り鐘状の巣が作られ始めていても、女王バチが一匹しかいないこの時期であれば、比較的安全に駆除を行うことが可能です。一匹のハチを見かけた際、それを単なる迷い込みと見なすか、あるいは未来の巨大な巣の予兆と捉えて先手を打つか。その判断が、数ヶ月後の庭の安全を決定づけると言っても過言ではありません。孤独な女王バチの静かな羽音に耳を傾け、適切な距離を保ちつつ、早めの対策を講じることが、賢明な住まいとの付き合い方なのです。
春に見かける一匹のアシナガバチの正体と対策